告白篇

 

 

  円堂達は先に帰り、 奇跡的な復活を果たした一之瀬とふたりきりの部室。

 「元気そうで良かったよ。 秋も、 土門も」

 「それはこっちの台詞」

 俺は汗でしっとりした服を着替えながら、 椅子に座る一之瀬に話しかける。

 また前みたいに話しができるのが、 不思議で、 そんで、 メチャクチャ嬉しかった。

 嬉しさのあまり泣けてきたから、 一之瀬に見られないようにした。 一之瀬の左肩に額をつけて。

 「何だよ? 土門」

 「ちょっと、 嬉し過ぎるだけ……、 本当に死んだかと思ってたからさ」

 涙が一之瀬の肩を濡らした。 この格好は失敗だったと思った。

 時計の秒針の音だけがする時間が過ぎ、 一之瀬は俺の名前を呼ぶ。

 「土門」

 「……一之瀬?」

 俺は一之瀬に首を引き寄せられた。 抱き締められてる?(って言うのかコレ)

 一之瀬が椅子に座ったままだから、 背の高い俺はかなり屈んでいる。

 一之瀬も身体捻りつつ俺に目一杯手を伸ばしてるから、 お互いかなりツライ体勢。

 コイツのことだから、 俺が顔見られたくないの気付いててしてる行動なんだろうな。

 「サッカー、 続けててくれてありがとう」

 「……約束しただろ」

 「……待たせてごめんね」

 「ああ……」

 「また土門と一緒にサッカーできて、 すっごく嬉しいよ……!」

 「……俺もだぜ。 お帰り、 一之瀬」

 俺も抱き締め返した。




 部室の前で、 目に浮かぶ涙を拭いて秋は呟く。

 「本当に良かった……」

 部室に鍵を掛ける為に来たけど、 それは後回しにした。




 中の俺と一之瀬は、 唇を合わせていた。

 なんだこの状況。

 一之瀬の腕から解放された俺は頭が真っ白だった。

 「……え? 一之――」

 「円堂の家に行く前に土門の家に寄らせてよ。 外で待ってるから」

 以前と変わらない笑顔の一之瀬は、 それだけ言ってさっさと部室から出て行った。

 なんだか強制的に俺も円堂の家に行くことにされている。 まぁ、 行く気だったけど。

 部室前で秋に逢ったようで、 ふたりの話し声が微かに聞こえてくる。

 「……何? 挨拶……なわけねェしな……?」

 頭はフル回転していたけど、 身体は動くことを忘れていた。




 汗を拭くのと着替えが終わって部室を出ると、 一之瀬はさっき言ったとおり待っていた。

 「秋はもう少しやることがあるんだってさ。 一緒に帰ろう」

 あんなことしておいて、 なんでコイツは平然とまたふたりきりになれるんだ?

 そんなことを考えながら歩いていると、

 一之瀬はさっき秋と部室前で話していた内容と、 俺の家に寄る理由を話した。

 「本当は秋の家に泊めてもらうことになっていたんだけど、 もっといい相手が見つかったから、 なしにしてもらったんだ」

 もっといい相手……言わずもがな。

 「俺の家に泊まるのかっ !? 」

 「うん。 もうそのつもりで荷物置きに行こうかと思っていたんだけど、 ダメかな」

 部室であったことなんてなかったかのように、 けれど確実に話しが進展している。 あったからこその進展か?

 いやいやそういう関係でもあるまいし、 ドキドキする事なんて……、

 「ダメじゃない……けど」

 何か、 やっぱりいろいろ意識してしまいそうで、 今から緊張する。

 「けど?」

 続きを求められたけれど、 心の中で言ったことを口に出して言えるはずもないので、 少し話しを逸らしてみる。

 気になって仕方がないこと。

 「一応訊くけどさ、 さっきの……何?」

 「さっきって、 キスのこと?」

 あまりに当然のように答えが返ってきた。

 「そういうことじゃなくて! なんで俺にするのかってこと!」

 「なんでって、 好きだからだろ?」

 「お前っ……」

 からかわれてる気がした。 一之瀬は人の気持ちを察するのが得意だから。

 「……大丈夫か? 甦ってホモになったとか?」

 俺を好きという一之瀬の冗談に乗って、 俺も冗談で返した。

 「酷いなぁ。 でもまぁ、 そういうことになるのかな」

 「……マジ?」

 本気のように俺には見えた。 そんなの、 俺のただの願望がそう見せてるだけだろうけど。

 一之瀬は遠くを見て、 静かに話し始めた。

 「俺、 気付いたんだ。 ……リハビリが上手くいかなくてツライ時に、 秋じゃなくお前を思い出した。 凄く逢いたかった。

俺の中で、 土門の存在がこんなに大きかったなんて知らなかったよ」

 俺の足はいつの間にか歩を止めていた。

 風がいつもより涼しく感じる。

 「好きだよ、 土門」

 数歩先を歩いた一之瀬は振り返ってそんな告白をした。 この流れで、 友情の好きだとは考えられなかった。

 因みに俺はこの時、 逆光効果の破壊力を初めて知った。

 俺が思わず立ち尽くしていると、

 「ここが土門の家?」

 気付けばもう自分の家の前だった。

 立ち止まった位置は本当にたまたまだったけど、 俺は肯定して、 一之瀬を自分の部屋まで案内する。

 キスだけじゃなくさっきの告白までなかったように接してくるから、 俺もいつもどおりに接しようとした。

 けど、 できるわけがない。

 部屋の鍵を開けると、 ドアを開けずに一之瀬に振り返った。

 今言わずにどうする。

 「俺もずっと好きだった」

 こんな奇跡のような台詞、 口にすることは一生ないと思っていた。

 一之瀬は、 驚いた顔を俺に向けた。

 気付いてなかったのか。 気持ちを隠すのは得意だったんだな俺。

 「え……、 ずっとって、 いつから……?」

 「お前が秋のこと好きって、 俺に打ち明けた時……かな」

 「っ! 悪いっ俺っ! 土門の気持ちも知らずにっ、 いろいろ……、 気を、 遣わせた……」

 俺から視線を外し、 申し訳なさそうに言葉を詰まらせた一之瀬に、 俺は笑って答える。

 「良いって。 俺もふたりがくっ付くのホントに応援してたし」

 「なんか、 ごめんな。 また待たせてたみたいで……」

 「こればっかりは待ってる気なんてなかったけどな」

 やっと顔を上げた一之瀬は、 小さく微笑んで言った。

 「俺達、 両想いだな」

 「そういう恥ずかしいこと言うなよ……っ」

 一之瀬の肩に手を置き、 俺は項垂れた。

 「だって、 嬉しいじゃないかっ」

 きっと一之瀬は満面の笑みだ。

 一之瀬は恥ずかしい台詞を簡単に吐く。 俺は簡単に体温が上がる。

 風よ吹け~っ。

 「一之瀬」

 熱に浮かされて、 俺は一之瀬にキスを返した。

 「……せめて部屋入ってからしない? 土門」

 「うん。 間違えたって思った」

 一之瀬は幸せそうに笑う。

 「入っても良い?」

 「どーぞ」

 ドアを開けて招き入れた俺は、 顔が熱かった。




 一之瀬との夜は恋人同士のいちゃいちゃとは程遠く、 円堂達には話さなかったリハビリのこととか、

病院でのこととかを俺に話してくれた。

 その時の一之瀬の辛さを思うと、 胸が苦しい。

 けれど、 俺にだけ詳しく話してくれたことを、 嬉しいとも思った。




 翌朝、 目覚まし時計代わりの携帯が鳴って目が覚めた。

 時刻は10時。

 日曜なのでかなり寝られた。

 スヌーズを解除し、 ラグの上で寝ていた俺が身体を起こすと、 隣のベッドで一之瀬が寝返った。

 寝ぼけ眼がこちらを見ている。

 「おはよう、 一之瀬」

 声を掛けると、 一之瀬は微笑んだ。

 「おはよ……土門」

 恐らくお互い、 物凄く幸せに浸っていた。

 ブランチを済ませると、 昨日の約束を果たすべく、 日曜なのに学校へと向かう。 円堂とのトライペガサスを完成させる為だ。

 今日の午後、 一之瀬はアメリカに戻ってしまう。

 それまでに、 一之瀬とのサッカーをこれでもかってくらい楽しもうと思った。




 「もう少しここに居る!」

 あれ。 なんだこの展開。 いや嬉しいけど、 まさか、

 「俺の家に暫く居候ってことか……?」

 幸せはまだ続くらしい。


 

2009/06/25    

  

 普段かららぶらぶしてるけど、 更に甘々。