一之瀬と逢えなくなって数日、 俺と秋と西垣はサッカーをしていてもあまり楽しめずにいた。
逢いに行こうにも、 小学生だった俺達には遠くの街へは行けなくて、 一之瀬からの連絡をただ待つしかない。
俺と秋ふたりで居る時に、 一之瀬本人からではなく、 親父さんからの電話が掛かってきた。
通話が切れても、 俺は暫く動けなかった。
「嘘だろ……」
俺は一之瀬に別れの挨拶もできずに、 アメリカの地を去った。
そして俺はサッカーの名門、 帝国学園に入学して、 サッカーを続けた。 それが一之瀬との約束だったから。
違う。
続けていたら、 一之瀬とまた逢えるような気がしたからだ。
俺を支えていたのは、 そんな希望もない希望。
帝国は名門なだけあって、 強いヤツが多くて、 置いてかれないようにただがむしゃらにボールを追う毎日。
一之瀬のことを思い出そうとする暇もなかった。
チームメイトとの会話は、 キャプテンの鬼道さんやGKの源田さんが指示し、 俺はそれを肯定する。 だけ。
「俺じゃなくても良いんじゃねェかな……」
自分は大勢の中の一人なんだという気がして、 いつもそんなことをぼんやり思っていた。
そんなある日、 鬼道さんに呼ばれた。
何か気に障ったことでもしたかと今までの行動を思い返してみたり、
もしかしたら必要なくなったと言われるのかもと緊張しながら、 覚悟して訊いてみる。
「あの、 ……なんですか」
「お前には、 スパイとして雷門中に潜り込んでもらいたい」
「雷門中?」
公式戦では聞かない学校名を出され、 自然と疑問符がつく。
そんな名もない学校になんでスパイなんか……と考えながらも、 何も訊かずに承諾する。
(確か秋が通ってる中学……だよな?)
雷門中の情報はそれくらいしかなかった。
鬼道さんには俺と秋が幼馴染だとは知られてないはずだし……。
どうしても気になったことを、 さも気にしてなさそうに軽く訊いてみた。
「でも、 なんで俺なんすか?」
「これから雷門中に通うんだ。 学区内に引っ越せるヤツじゃないといかんからな」
「なるほどね」
確かにそんな都合の良いヤツは俺くらいだろうけど、
もうすぐフットボールフロンティア地区予選があるってのに、 これじゃまるで必要ないって言われたようなものだ。
「一週間後、 その雷門中と練習試合をすることになった。
お前を出すことはできないが、 俺達とは別行動でその試合を見ていてくれ。 スパイの理由も解るはずだ」
鬼道さんは薄笑いを浮かべて、 俺に背を向けた。 鬼道さんがいつもしている赤いマントが翻る。
「話しはそれだけだ。 引っ越し先は帝国学園が手配するから荷造りだけは進めておけ。 詳しい事は追々話す」
残された俺は、 心に穴が開いたような気分になっていた。
秋と久し振りに逢えることだけが、 俺を動かした。
引っ越しした。
そこは懐かしい土地。
いつか遊びに来た一之瀬の家が、 目の前にあった。
(マジかよ……)
何か、 思いの行き場がなくて、 立ち尽くした。
「あれっ、 土門君?」
ふと知った声が聞こえ、 そっちに顔向けると、
「どうして稲妻町にいるのっ? 久し振りね!」
そこには秋が居て、 懐かしい顔を見た所為なのか、 涙が頬を伝い始めた。
「……土門、 君……?」
「秋……」
声が震える。
俺は涙と一緒に感情が溢れ出して、 自分で自分を抑える事ができなくなっていた。
「やっぱり、 一之瀬は……」
一之瀬の名前を出したら、 秋の動きが完全に止まった。
「本当に死んじまったんだな……」
“死” を初めて口にした瞬間、 今までの一之瀬との思い出が甦った。 走馬燈ってこういうものなんだろうかと薄っすら思った。
この涙は、 一之瀬に対して流しているんだとやっと気付く。
「土門君……」
涙でよく見えないけど、 秋が辛そうな顔をしているのは分かった。
秋は俺の手を握って言う。
「良いんだよ。 泣いても。 哀しいなら、 泣いたほうが良いんだよ……」
一之瀬が事故に遭ったあの時から、 俺は泣く事を忘れていた気がする。
やっと泣けた。
「ごめんな。 久し振りに逢ったってのに急に泣いて」
落ち着いた俺は、 ダンボールいっぱいの部屋に秋を招いた。
流石に照れつつ謝罪すると、 秋は言った。
「ううん。 ……本当言うと、 土門君が泣いてくれてホッとしているの」
「え?」
「土門君、 ずっと辛そうな顔してても絶対に泣かなかったから……。 酷い話しだけど、 泣いたほうがスッキリするでしょ?」
秋はあの日、 一之瀬が搬送されてる時から一日中泣きっぱなしだった。
その後は、 一之瀬が死んだという知らせを聞いてからも決して泣かなかったけれど、
秋はきっとあの日から前を向けていだんたと思う。
反対に俺は、 ひとりで歩き出せずに立ち止まっていた気がする。
「ああ、 スッキリした。 多分もう泣かない」
「うん。 一之瀬君の為にも、 頑張って生きよう」
それから俺は、 明後日から雷門中に通うことを秋に伝えた。
そして秋は、 明日雷門中は尾刈斗中と練習試合があることを教えてくれた。
翌日。
荷物をそれなりに片付け終わった俺は、 明日から通う雷門中を少し覗きに行った。 行ったタイミングが良かったらしい。
丁度尾刈斗中との練習試合が始まったところだった。
楽しそうにサッカーをする雷門中を見ていると、 俺のサッカーとは違って見えた。 遠く感じた。 今思えば、 羨ましかったんだ。
試合が終わると、 俺より先に雷門中に潜り込んでいたという冬海先生と逢い、 少しだけ話した。
帝国がこの人は使えないと判断したから、 新たに俺が送り込まれたのだろうと、 容易に推測できた。
まぁ、 顧問よりチームメイトとして入ったほうがより選手の情報も集められるだろうけど。
(この人、 なんでスパイなんかしてるんだ?)
そう思った後、 自分自身にも投げかけたくなった。 けど、 考えたくなくてすぐに別の事を考え始めた。
「今日の夕飯何すっかな……」
「土門!」
思考を遮られた俺は聞き覚えのある声がしたほうに顔を向ける。 そこには鬼道さんと佐久間さんが居た。
何故だか今は逢いたくなかったのに。
(偵察、 か……。 いくら豪炎寺ってヤツが強いからって、 あの帝国がそこまでしなくちゃいけない相手なのか?)
益々疑問が膨らんだけど、 何も訊かずに鬼道さんの話しを聞いた。
気のせいだろうか。 雷門中との練習試合以来、 雷門中の事を話す鬼道さんはやけに楽しそうに見えた。
「雷門中のデータ収集は任せたぞ」
鬼道さんと佐久間さんは帝国へ帰っていった。 俺も帰路につく。
(これからはあのチームとサッカーすんのかぁ……)
誰と一緒にサッカーするとかはどうでも良かった。 ただ、 ちょっと、
「楽しみ……?」
な、 気がした。
雷門中サッカー部に一之瀬が加わった翌日。
「へー。 土門て帝国のスパイだったんだぁ」
「ああ」
「ちょっ鬼道さん! 何俺の過去勝手に喋ってんですかっ」
休憩中、 一之瀬と鬼道さんが喋ってるのが聞こえ、 ついツッコんだ。
「済まない、 土門」
鬼道さんの口元は、 帝国での笑い方と違う感じだった。 雷門中の事を話してたあの鬼道さんみたいだ。
「勝手に話して悪かったな」
「俺が来るちょっと前に帝国から雷門に転入したんだって聞いたから、 流れで土門の話しになったんだ。
俺が聞きたがっちゃったから話してくれただけで、 鬼道が悪いわけじゃないんだ」
一之瀬は俺にそう説明した。
「いや、 別に良いんだけど……」
本当のところ、 少し一之瀬には話したくないことだったけど、 知られたんなら、 まぁ良いや。
「それより、 ずっと思っていたんだが、 別に敬語じゃなくても良いんだぞ?」
「え……」
帝国での癖で今まで気にしてなかったけれど、 そうだよな。 もう普通にチームメイトなんだもんな。
「同い年なんだしさ。 それに、 土門に敬語なんて似合わないよ?」
笑って言う一之瀬に、 なんかバカにされてる気がした。
確かに一之瀬の前で敬語なんて使う機会はなかった。 けど、 笑うほどのことか?
「笑うな」
一之瀬に一言注意してから俺は鬼道さんに向かい、 笑って言う。
「んじゃあ……、 これからもよろしくな、 鬼道!」
自分で思うのもどうかと思うけど、 タメ口は俺らしくてシックリ来た。
「ああ、 よろしくな」
なんか、 やっと鬼道と一緒にサッカーができる気がした。 今までもしてたんだけど、 そうじゃない。 本当の仲間として、 だ。
「お前ら、 今更 “よろしく” かよ」
一之瀬は俺らの会話を笑った。 確かにおかしいけど。
「一之瀬も、 またよろしくな」
ちょっと驚いてから、 一之瀬は目一杯の笑顔になった。
部活が終わると、 当たり前のように一之瀬と一緒に帰った。
飲み干し空になったペットボトルを捨てる為に公園に寄り道すると、 ついでに自販機でそれぞれ清涼飲料水を買った。
先に買った俺がベンチに腰掛けて飲んでいると、 自販機の前に立つ一之瀬がふと重い口調で切り出した。
「辛かっただろ?」
急な話題についていけなかった俺は、 何が? と訊き返す。
「スパイだよ。 土門、 根が善いヤツだから……、 辛かっただろ?」
鬼道と明るい声で話していたから、 一之瀬がこんなに俺を想ってくれてたとは思わなくて、 驚いた。
驚いて、 すぐに言葉が出てこなかった。
一之瀬は真っ直ぐ俺を見つめて、 返事を待っている。
最初は、 ただの任務と割り切っていた。
けれど、 円堂に、 このチームに、 サッカーに惹かれていく度にスパイが嫌になった。 俺自身が嫌にもなった。
「…………」
そんなことを思い返した後、 俺の口元は緩んだ。
「辛かったけど……、 雷門サッカー部の一員になれて良かったと思ってる」
雷門イレブンに逢えたこと、 サッカーの楽しさを思い出させてくれたこと、 一之瀬にまた逢えたこと……。
鬼道には感謝したいとも思う。
「そっか……、 うん。 俺と一緒だ」
一之瀬は笑顔を俺に向ける。 それから自販機で買い物を済ませ、 俺の前に立った。
珍しく俺が一之瀬を見上げる体勢。 少し新鮮。
「一之瀬にまた逢えたしな」
「うん……一緒」
柔らかい笑みが近づく。
ペットボトルを持っていない左手で一之瀬の頬に触れ、 キスをした。
「その時の気持ち、 慰めてあげよっか?」
気のせいか、 この笑顔はSっぽい。
「折角のお誘いですが、 間に合ってます……」
初めて一之瀬に対して敬語を使った。
「あははっ。 似合わない!」
(お前が居るだけで慰められるって)
2009/07/22
捏造し過ぎですけど。
土門を泣かせたかったんです (ぉ)。